フルーツバスケット reusing fanarts in other websites permission is strictly prohibited.

Written by 美咲ひなた


 
 Cannot be said

2012/10/23
草摩紫呉×本田透




月が綺麗な夜だった。

雲一つない漆黒の空。

真夜中の縁側で満月を見ると、なぜか切ないような身を締め付けられるような気持ちになった。





「紫呉さん。隣に座ってもよろしいですか?」

口が寂しくなって煙草に手を伸ばそうとした時、喫煙を抑制させるためのようなタイミングで透は紫呉に声をかけた。

「煙草はお体によくないのです」

振り返り透の姿を確認すると紫呉が薄く笑う。

「うん。体に悪いから吸ってるんだよ」
「そんなの、駄目です」

透は紫呉の横に腰を下ろすと、盆の上に乗せてきた湯のみを紫呉に手渡す。

「温かいお茶をお持ちしました。寒いですから・・・」
「ありがとう。いただくよ」

湯のみを受け取ると、紫呉は冷たくなった手を温めるかのように強く握った。

「こうしているだけでも、ずいぶんと温まるよ」
「ずっと・・・お一人で月を見ていらしたんですか?」
「ちょっと、考え事をしていたんだ」

いつになく、寂しそうな眼で月を見つめる紫呉に違和感を感じて透は少し驚いた。

「紫呉さんがそんなお顔をされるなんて驚きました」
「そうかな?」
「だって・・・いつもは・・・」

言いかけて、透は口篭った。

『いつも』のことを思い出して、顔を赤らめる。
「どうしたの?顔が赤いけど」
「いえっ!なんでも、ありません・・・っ!」

わたわたと手を慌てふためかせ、透は必死に『なんでもない、平気だ』というアピールをした。
しかし、透の反応を見ればなんでもない、ということは嘘だということがすぐに分かる。

「分かりやすいね。透君は」
「ぅ・・・、なんだかまたからかわれてしまっているような気がします」
「気のせいだよ。でも、ありがとう」

一人でいると考え過ぎて悪い方向へばかり考えてしまう。

「こういう僕は僕らしくないかな?」

確かに、紫呉らしくないといえばそうなのだが誰だってしんみりと物思いに耽りたいこともある。
透自身もそれが分かっていたから、あえて『らしくない』とは言わずに無言で紫呉の腕にそっと寄り添うようにして首を擡げた。

「そんなこと、ないのですよ。誰にだって一人になりたいことや言いたくないこと、あると思います」
「うん・・・そうだね」

紫呉は満月を見上げた後、煙を大きく吸い込むと煙草を灰皿に押し付けた。

「ねぇ。透君にお願いがあるんだけど」
「はい?どうなさったんですか?」

透がきょとんと目を丸くすると紫呉は言葉を続けた。

「膝枕してくれる?」

突然の思いがけない紫呉の要求に透はまたも慌てふためいた。
驚きと嬉しさと、そして恥ずかしさと。感情がごちゃ混ぜになってどう反応したらいいのか分からないからだ。

「え!?ひ、膝枕っ・・・ですか?」
「駄目?」
「いえっ・・・その、駄目ではないのですが、・・・ぅ」
「なんだか、透君にそうして貰いたい気分になってね」

そのストレートな直球過ぎる申し出に透は顔を赤らめて紫呉の要求を受け入れるしかできなかった。
膝の上に頭を乗せ易いように、スカートを広げなおして赤くなった顔を俯け無言の合図を送った。

「有難う」

紫呉は透の膝に頭を預けるとそのまま目を瞑った。
からかわれるとばかり思っていた透はまたもらしくない紫呉の行動に戸惑いを感じる。
いつもであれば、太腿や胸を触るなどの過剰なスキンシップを強要してくるはずが、なぜか今日は大人しく自分自身に甘えてきている。
甘えられることが嫌いではない透にとって、紫呉に甘えられることは嬉しいことであったがいつもとは違う態度に疑問も浮かぶ。
何か、あったのかもしれない・・・と。

「なんだか今日の紫呉さんは甘えん坊さんですね」
「僕が?」
「はい。そうなのです」

紫呉は閉じていた瞼を開けて透を見上げると透の目線と重なった。

「でも・・・嬉しいです。いつも、紫呉さんは私を頼ったり甘えてくださらないので・・・」

透は遠慮がち笑うと、紫呉の額に手を置いた。

「甘えてくださっても、いいのです」

子供を寝かしつけるように紫呉の額にかかる髪を撫でながら、透は言葉を紡ぐ。

「紫呉さんが甘えてくださると、こうやってナデナデしたくなるのです。お母さんに頭を撫でられる、私もとても安心できて幸せでしたので・
・・」
「そう・・・」

紫呉は何か考え込んだ後、一呼吸をおいて自分を見下ろす透の頬に手を伸ばした。

「透君は僕のためにどんなことをしてくれる?」
「どんなことって・・・何かご希望のことがあるのでしょうか?」
「違うよ。希望があるといえばあるんだけど・・・」

言いかけて、紫呉は言葉を言い直す。

「僕のために透君はどんなことをしてくれるのか気になったんだ。透君は僕にどんなことをしたい?」





『こうして、普通の恋人のように一緒の時間を過ごせるだけで十分です』





素直に、そう言えたら良かったのだが透には言えなかった。
お互いを思いやるような愛され方や気持ちの確認もなく身体の関係を結んでしまったことで、紫呉の本当の気持ちを知ることが怖かったからだった。
心の内が分からないからこそ、傷つかずに済んでいるのだと。そう思うこともあった。





『ココロがあるから、私を抱いているのですか?』
もし、そうであれば嬉しい。

それとも・・・
『ココロがないから、私を抱いているのですか?』
気持ちがないから、私を抱いているのですか。





「透君?」

無言のまま目を潤ませる透に異変を感じて紫呉は起き上がろうとするも、透にそれを制止された。

「申し訳ありません・・・このまま、もう少しこのままで、いさせてくださいっ・・・なのです・・・」

目尻に浮かぶ涙が溢れて、その雫がぽたりと紫呉の頬に落ちる。透にとっての初体験は紫呉であり、透は紫呉以外の男を知らない。
どんな行為を強要されても、扱われても「好きだから」という言葉を言われれば拒絶ができなくなってしまう。
要求を受け入れない=紫呉に対する拒絶。透の内では、その図式が出来上がってしまっていた。
だから、いつも紫呉に従うしか術がなかったのだった。

「透君・・・ごめんね」

考えていることを見透かされたような気がして、透は顔を強張らせた。

「っ・・・・!」
「僕にも、分からないんだ」


『どう、気持ちを伝えたらいいのか』
分からない。お互いが、分からないでいたのだった。


「愛情表現って難しいね。どうしてだろう、透君を前にすると・・・ね」


悪戯をして喜ぶ子供のような笑みを浮かべると、紫呉は大きく溜息をつく。
大人気ないことをしているな、と。そう思いながらもその欲求は止められなかった。
しかし、いつもであれば透の涙を見ても躊躇なく自分のペースを押し通せるのだがなぜか今日はそんな気分にはなれなかった。
自分らしくないとは思いつつ、透の目尻に溜まった雫が零れ落ちないように指先で拭うと紫呉は立ち上がった。
部屋に戻ろうとする紫呉の気配に、更に心が締め付けられた透は言葉を詰まらせる。



『少しでもいい。優しくされたい。愛されていると思えるように扱って欲しい』
言葉に出せて言えればどれほど楽になれるだろう。



「風が冷たくなってきたね。透君も早く部屋に戻った方がいいよ」
「ぁ・・・、はい。有難うございます・・・」

言いかけようとした言葉を飲み込むと透は空元気な笑顔を見せるが、すぐに感情が顔に出てしまう透にとってはまったく無駄なことだった。

「また、ね。おやすみ」

透の頭を撫でると紫呉はヒラヒラと手を振って自分の部屋へと戻っていったが、透はその後姿が見えなくなるまでずっとその背中を見つめてい た。






>>>>> END